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「純粋理性批判」から「反省概念の多義性について」を読む

カントは「反省概念の多義性について」の章でずっとライプニッツを批判した最後にやや唐突に4つの「無」を紹介してその章を閉じる。なぜ「無」なのか。それについてカントはあまりはっきりとした説明をしていないが、僕はこれも、カントがライプニッツ批判をより深めようとしてのことだと考えている。
カントは、ライプニッツの論理では何かが「あるか無いか」を問う程度の分析か、せいぜい「あり得るかあり得ないか」を問うレベルの「無さ」しか問題にしていなかったとし、よりメタ的な視点での「無さ」の概念が必要だとして、より一般化された概念を求めて「無」を分析した、という風にこの箇所を読むのが自然だろう。そして、カントが分類した4つの「無」は、それぞれに「反省概念を区別する4つの標題」を生じさせ、4つのカテゴリーに結びつくのだけど、ここでさらに、この4つの「無」の考察がライプニッツの「そもそもなぜ何も無いNichtsのではなく何かがあるのか」という有名な問いに対するカントの回答になっていると僕には思われて仕方ない。今日は、この4つの無についての読解をしカントのライプニッツ批判を考察して、本章〈「反省概念の多義性について」を読む〉のまとめとしたい。

 

 

カントの4つの「無」

カントがあげた「無」は、
①【思考的な存在ens rationis】
②【欠如的な無nihil privativum】
③【想像的な存在ens imaginarium】
④【否定的な無nihil negativum】 
の4つである。
これらはどれも「無」として紹介されているののだけれども、この②と④だけが「無nihil」で、①と③は「存在ens」だとされている。一概に「無さ」と言っても「あるけれど無い」というような無さもあってなかなかややこしい。順に見ていこう。

この4つの「無」について、それぞれカントの説明をまとめると、次のとおりである。



①【思考的な存在】ens rationisについて

①の【思考的な存在】としての無は、「決してつかめない『問い』としての概念」の無である。ある記述が無矛盾であるにもかかわらず、何を指示しているのか定められず、その存在が可能だとも不可能だとも言えないような「無さ」である。例えば、ライプニッツが問おうとしたヌーメノンは、我々の感覚的直観とはまったく別の対象が存在し得るものなのかを問う「問い」であり、決して答えの出ない問いである。我々にはもはやそれが何であるのかを掴むことはできないので、その存在を否定することも肯定することもできない。それゆえカントはヌーメノンを「思考的存在」の一例としている。
僕もその例示に挑戦して、「死後の世界」と「トトロの体重」をあげてみたい。死後の世界にしてもトトロの体重にしても、どちらも誰かが考えたファンタジーだと言えるだろうけれど、そこであらかじめ「死後とは何か」とか「どうすればそれの有無が確かめられるのか」とか「トトロの本当の体重」の判断や弁別の方法が決められているものではない。だから、それらはどこまでも「問い」でしかない存在である。同一性や差異性を問うことはできない。それゆえそれらは単なる「思考的存在」でしかなく、その意味での「無」である。

②【欠如的な無】nihil privativumについて

②の【欠如的な無】としての無は、「無いことによって在るもの」の無である。実在の否定としての「無さ」であり、対象が欠落していることにおいての存在としての「無さ」とも言える。例えばカントは、影や寒さを「欠如的な無」の例とする。光の実在の無さ、熱の実在の無さ。実在の欠如としての存在としての無さである。
僕も例示に挑戦して「ドーナツの穴」と「欠席の人いませんか」をあげてみよう。ドーナツの穴は食べることができないからそれは無いとも言えるが、持ち上げることはできるのだから在るとも言える。無いからこそ在る。今日欠席しているAくんは欠席しているがゆえに、今日の不在者が「居る」ことになってしまう。ただしこれは「ドーナツがあるから穴がある」という話では無く、「無い状態で在る」という話である。同様に、「他の級友の出席があるからAくんの欠席がある」という話でもない。重要なのは「Aくんがいない状態が在る」ということなのだ。すなわち欠如の状態であると言えるというレベルの無さ、それが「欠如的な無」なのだ。

③【想像的な存在】ens imaginariumについて

③の【想像的な存在】としての無は、「存在者を描出可能にする形式」の無である。直観する形式としての「無さ」だと言える。或るものではあるが、それ自身が直観される対象ではあり得ない。例えば、純粋空間や純粋時間がその一例である。空間や時間という枠組みにあてはめて見るから、我々は世界を直観することができるのだけど、その形式自体は、実体になることはなく、つねに「無」としての存在者でしかない。
また、僕も例示に挑戦して「色そのもの」「1円の価値」をあげてみよう。この「色そのもの」は「赤さ」でも「青さ」でも「彩色性」でもなく、それらの概念を可能にするための色空間の形成のことである。世界を色覚的に分析判断のためには、世界を「色」という弁別形式でもって切り取ることができるものとして捉え直す必要がある。そしてそのための形式が必要になる。それがなければ「色」は「色」たり得ないが、それ自身は決して直観されることはない。その形式が「色そのもの」としての「想像的存在者」になると考えられる。また「1円の価値」について、それは「1円で買える『もの』」ではなく、「何かが買える」ことを可能にするための価値空間の形成である。世界を金銭価値で分析判断のためには、世界を「価値交換」という弁別形式でもって切り取ることができるものとして捉え直す必要がある。そしてそのための形式が必要になる。それがなければ「1円」は「1円」たり得ないが、それ自身は決して直観されることはない。その形式が「1円の価値」としての「想像的存在者」になると考えられる。
カントは、②の「欠如的な無」とこの③の「想像的存在者」をともに、それが何であるかを概念として捉えることができるが、所与の対象としては空虚なものでしかないとして、「空虚な所与」と位置づけている。


④【否定的な無】nihil negativum

④の【否定的な無】としての無は、「矛盾する概念の対象」の無である。その概念自体が不可能で対象が形成されることはない。カントは、「2辺の多角形」を例としてあげる。多角形は3つ以上の辺から構成されなくては成立し得ず矛盾だから、対象があり得ない。
僕も例示に挑戦して「丸い四角形」をあげてみよう。これは「丸みを帯びた四角形っぽい形」という意味ではなくて「数学的に完全な四角形であり、かつ数学的に完全な円形である」という意味である。そんなことはあり得ないので矛盾である。これは、フッサールが、矛盾的無意味(フッサールの言うところの「Widersinn(反意味)」、ウィトゲンシュタインの言うところの「Sinnlos(無意味)」)の例としてあげたもので、はっきりと矛盾であるから「否定的な無」の一例になることは間違いないと思う。
(けれども、フッサールが、ナンセンス的無意味(彼の言うところの「Sinnlos(無意味)」、ウィトゲンシュタインの言うところの「Unsinn(ナンセンス)」)の例としてあげた「緑はあるいはである」というような、そもそも文としての意味を持ち得ないような対象が、この「否定的な無」の範疇に入るのかどうかはカントの文だけでは判断できないだろう。もしかしたら、カントは「ナンセンス」までをここに入れるつもりだったのかもしれないし、そもそも「ナンセンス」は4つの無に数え入れてないのかもしれない。)
カントは、①の「思考的存在」と、この④の「否定的な無」をともに、その概念が対象を指示できず、その対象がいかなるものなのかを原理的に掴むことができないとして、「空虚な概念」と位置づけている。

カントのイメージした関連とは

さて、カントが「反省概念の多義性について」の章の最後に、この4つの「無」をあげた。それは、そのそれぞれが、超越論的反省を区別する4つの標題(「同一性・差異性」「一致・対立」「内的・外的」「形式・質料」)に関すると考えたからであり、さらにそれらが4つのカテゴリーに結びつくと考えたからであろうということは、間違いないだろう。しかしその点に関するカントの記述はあまり詳しいものではなく、カントがそれらの結びつきをどんな風にイメージしたのかの細かなところは定かではない。

そこで、以下、僕なりにそれらの関連を考察してみた。これを以て本章「反省概念の多義性について」の読解のまとめとしたい。ただし、僕にはその関連がはっきり読み取れ無いところも多く、多くの箇所で間違えたり悪深読みしたりしているかもしれない。いつも間違いの多いレポートだが、以下はとくに眉に唾つけて読んでもらいたい。


4つの無と4つの反省概念の区分標題と4つのカテゴリー

①の【思考的な存在】としての無は、「量」のカテゴリーや量の判断の視点における無である。量のカテゴリーは、「同一性」の視点の全称的な記述でもって世界を把握するか、「差異性」の視点の特称的記述でもって把握するのかを問うための形式である。だからこの「無」は、全称なのか特称なのか、同一性を問うのか差異を問うのかの区別がまだ無いような「無さ」であろう。だから、【思考的存在】はあるのか無いのかさえ分からないような無さ、「決してつかめない問いとしての概念」としての「無」なのだ。

②の【欠如的な無】としての無は、「性質」のカテゴリーや肯定と否定の判断の視点における無である。性質のカテゴリーは記述と世界が「一致」するか「対立」するかを問うための形式である。実在の否定としての「無さ」であると思われる。だから、【欠如的な無】は「無いことによって在るもの」としての「無」なのだ。

③の【想像的な存在】としての無は、「関係」のカテゴリーの視点における無である。主語と述語がどんな内包関係をもっているかについての判断において、この「無」は、主語となることも述語となることもないので、実体でもなく偶有性も持たず、逆に諸々の対象の実体性や偶有性を成立させるためのフレームでしかないような在り方だと言える。直観する形式なので、或るものではあるが、それ自身が直観される対象ではないと考えられる。すなわち【想像的な存在】は、「存在者を描出可能にする形式」としての「無」なのだ。

④の【否定的な無】としての無は、「様態」のカテゴリーに関わる無である。「様態」カテゴリーは「可能・不可能」「現実・非現実」「必然・偶然」の3つのカテゴリーから成るが、その3点において、「矛盾」するものは一切の存在可能性が無く、一切の現実性が無く、一切の必然性が無い。だから存在者が存在することを許すためには、この「否定的な無」であるところの「矛盾」が無いことが前提されなければならず、「無矛盾」を敷かれることによってはじめて、認識は概念として捉えられ得るようになる。(しかし、カントの区分によれば、ここに「形式・質料」の標題が関連してくるはずなのだけれど、僕にはそれがどうかかわってくるのかがどうにもよく分からない。もしご存じの方がいらっしゃれば教えてもらえるとありがたい。なのでどうして【否定的な無】が「矛盾する概念の対象」としての「無」でなければならなかったのかを、残念ながら僕はよく分からない ※)


※と、ここで、「僕には分からない」と言ったが、その後で自分でももう一度考えたので、そのことをほんの少しだけ付け加えてみる。
問題〈「矛盾」(もしかすると「ナンセンス」も含む)としての無が「形式・質料」にいかに関連するか〉

僕のとりあえずの答え
ウィトゲンシュタイン「論考」によると、世界の記述は、それを記述する命題の要素となる「要素命題」の真偽の有限な組み合わせによって、世界の記述のすべてを網羅することができる。そのときに、そのすべての要素命題が真となるときその記述はトートロジーになり記述は世界について何も語らない。そしてだんだん偽が多くなってくるにつれて、世界の様子は細かに記述されるものになっていきその意味も大きくなる。ところがその意味が最大になるはずの極限においてその記述は矛盾になり意味を失ってしまう。

たとえば、この世界が、「タイガースが勝った・T」と「ガンバが勝った・G」いう対象2つだけから成っていたとすると、どうだろう。
世界の要素命題はこの2つだけだとする。
この要素命題TとGに対応する真理可能性は4種類になる。(2^2=4)

である。
そして、いろいろな命題がTとGの真理可能性と一致するかしないかの可能性は16通りになる。(2^(2^2)=16)
表にして示すならこうだ。

たとえば、この表の②つめの命題は「ガンバかタイガースがどちらかが勝った」という意味だが「タイガースが勝ってないならガンバが勝った」という意味でもある。命題の真理可能性は○○○×で同じだからだ。
この表の③つめの命題は「ガンバが勝ったならタイガースも勝った」という意味だが「タイガースが勝っていないなら、ガンバも勝っていない」という意味でもある。命題の真理可能性は○○×○で同じだからだ。
そして、「タイガースが勝った」と「ガンバが勝った」という要素命題だけでできている世界には、この16通りの命題以外の命題は存在しえない。この16個だけが全ての命題だ・・・ということになる。
このように、「論考」の分析哲学においては、要素命題の組み合わせだけが、世界のすべてだと言える。

そして、この表において、世界を言語的に分析するベースとなるのが「矛盾」になると言えるだろう。さらに、この表が成立するかしないかの次元で、さらにベースとなるのが「ナンセンス」だと言えるだろう。
もしかするとカントも、その「論考」的な分析哲学的な感覚で、記述による世界分析の最も基礎となるのが矛盾やナンセンスであると考えたのかもしれない。しかし、それは世界を切り分ける「形式」の方の話であって、「質料」の話には成っていないようにも思える。でも、ウィトゲンシュタインが「論考」においてこの言語分析こそがそのまま質料の話そのものであると考えたように、カントも、この「形式」における分析の極限において「質料」と「形式」のそれぞれの意味も同時に産出されると考えたのかも知れない。

・・・というようなことを考えてみた。コレはもう妄想夢想的な話であろう。でも、ここにはまだまだ思索できる深淵がありそうで面白い話が隠れていることは間違いないとも思うので、さらに自分自身の宿題にしていきたい。(2021.8.29)


「そもそもなぜ何かがあるであって無いではないのか」という問いへの回答

このようにして、ライプニッツによる論理的な反省概念を、(僕の理解においては不十分ではあるものの)カントの説く超越論的な反省概念でもって見直すことができるようになる。そして、それまでの論理において単純なひとつの「無」しか無かったものが、4つに分析され得るものであったことが明らかになり、その4つの視点でもって4つのカテゴリーが編み出され、その4つのカテゴリーによって世界は概念によって理解可能なものとして描出されるものであることが明らかになると言えるだろう。
カントは、この4つの「無」をあげて、ライプニッツ批判の章をまとめた。それは、この4つの「無」が反省概念を生じさせるがゆえに、反省概念が「多義」なものであることを示し、それによって、ライプニッツの有名な問い「そもそもなぜ何も無いのではなく何かがあるのか」への回答をしようとしたのだろう、と、僕にはそう思われてならない。「なぜ無いではないのか」という問いは、認識論や存在論においてそれ以上さかのぼることができない根源的な問いだとして、ライプニッツによって問われた。しかし、カントにしてみると、ライプニッツのその問いは全く根源的なものではなかった。ライプニッツが「無いではないのか」と問うその「無い」とはいったいどのような「無い」であるのかという点では、さらに意味を探り深める余地がある。実際に上で見たようにカントは「無い」を4つに分けているのだし、当然、4つの「無」に対応する4つの「ある」があるはずだと考える。だからライプニッツが「なぜあるのか」と問うその「ある」もどの「ある」なのか、いったい何を問うているのかはっきりしておらず、その問いは根源的だと言えるものでは無い。カントにしてみると、ライプニッツの問いは、問いとしてまだ未分化なものであり、そんな問いに答えが出るわけは無いのだ。ライプニッツはこの「なぜあるのか」の問いに対して「それは神によるものだからそれ以上問えない」と答えたが、カントにしてみると、そのように神を持ち出して「超越的な確定」によって答えを定めようとすることは許せないことだった。そんな「超越」に逃げるのではなく「超越論的」な考察を追い求めることにしか、この問いに対する答えは無いとせねばならないと考えた。そしてその態度をライプニッツへの回答しようとしたのが、この「反省概念の多義性」の論であり、この「4つの無」の話だったのではないか。僕にはそのように思われてならない。


以上で、〈「反省概念多義性について」を読む〉の章を終わる。
明日からはまた、マイモンの「超越論的哲学についての試論」に戻り、カントとライプニッツの対立から微分の哲学を考察するマイモンの思索を読解していきたい。

 

つづく

カント「反省概念の多義性について」を読む

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